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<<   作成日時 : 2018/09/10 23:01   >>

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(2018.9.10.)


今日は、ゆっくり、散策をしました。

下の写真は、バス乗り場、「教育大学前」の、古本屋
です。全部で10店舗ほどあります。
小学校から、大学の古教科書や、参考書を、安く
買うことができます。

購買者の多くは、大学生ですが、中には、小学校の
教科書が入手できなく、保護者が自分の子どもに買うために、
この古本屋で、探すことが多いのです。

画像


この動画は、我が家の近くの、「材木市場交差点」です。
モンゴルの、運転手は、やたらと、警笛を鳴らすのです。

日本から到着したら、「ここは、モンゴルだ」を、交通の
警笛の多さで実感します。
警笛がなくなった時には、モンゴルもゆたかになっているでしょうねえ。

「うるさい警笛を、無くそう」

さて、最近のことです。
我が団地の、道路の半分、南側には、450世帯が
住んでいます。管理組合のような、組織のような、
者があり、年配の女性が代表をしているそうです。
住民は、組織の円滑な運営の仕方を、知らないのです。

日本のように、管理組合の規則(定款)の、コピーを、
各世帯に配布することもしません。
また、「所有区分法=共用部分の管理運営の、国の法律」
も、モンゴルにはありません。

自由化、民主化されたとき、先進国の法律を、モンゴル語に
翻訳して、施行された、「簡単な国の指針=民法」が
あるだけで、人々は、この法律さえも、読んだこともないのです。

人々は、都会に住んでも、地方での放牧の生活の
ままで、「無知」が多く、団地のような、共同住宅の
運営など、「とても、手に負えない」のです。

さて、
その彼女が、前任者と同じ、「管理費を、私用に使った」
そうで、大騒ぎです。
モンゴルでは、このような、「みんなの金を、自分のために
ごまかして、使う」例が、とても多いのです。
組織の金も、自分の金も、区別が付かない、どうにも
ならない人々が、モンゴルには、とても、多いのです。

モンゴルの世帯には、入り口の表札(氏名を書いた表示)
がありません。草原の放牧の習慣のままの人々が、
都会に住んでも、習慣は放牧生活と同じです。

私のように、日本で、「管理組合の理事長」を経験
のある者には、なんとも、「なさけいない人々だ」の
感想です。 とても、集団生活できる、「社会訓練」
など、ゼロ状態なのです。

表札がないため、地域社会ができないのです。
挨拶もしないし、他人に興味を示さず、外界は
仕事をする時だけです。自分の家族を、一族だけの
社会習慣を、都会の生活になっても捨てないので、
様々な、問題が起きています。

いや、はや、放牧文化は、21世紀の人間社会には
不向きですねえ。集団生活(地域社会)の
規律や、規則や、義務、を、実行できないので、人々
は、「ばら、ばら」で、「烏合の衆」です。

最近は、朝夕、寒くなりましたが、この葉は、まだ、
黄色くなっていません。 昨年より10日以上、遅れています。
まだ、緑の、一色です。

公立の、小中高校の、教師の、「月給の50%アップ
要求ストライキ」は、現在、前モンゴル学校の、約半数
が参加しています。肝心の、文部省の大臣は、外国
に出張していて、交渉相手不在です。
モンゴルの、教職員のストライキは、職場単位で、参加、
不参加を、投票で決めます。
首都も、半数の学校では、通常の授業をしています。
我が家の娘の学校がある区は、大多数がストライキ
に参加しています。
解決は、全く、未知数ですね。

子どもたちは、毎日、遊ぶか、自宅でテレビをみています。
胸躍らして、勉強を楽しみにしていた、新1年生も、
「がっかり」の、今日この頃のモンゴルの、教育現場
です。
日本のような、公務員の待遇を審査して、政府に
進言する、「人事院」のような仕組みが、この国には、
ないのです。
社会も、行政も、「組織としての人間社会」は、モンゴルには
ありません。全部の人々が、「ばら、ばら」です。

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