がんばれモンゴル

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<<   作成日時 : 2018/05/15 19:06   >>

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(2018.5.15.)

モンゴルは、春です。

若葉がまぶしい季節で、花も咲き始めました。
花の匂いが、とても、素晴らしく、甘い匂いです。

この花は、「モンゴルの桜」です。
低木で、春に、一番先に咲きます。

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この花の匂いは、なんと、素晴らしいことか。
現在、至る場所で、満開です。

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今日は、近くの郵便局に、手紙を取りにゆきました。
電話で、「私あてに、手紙が届いていますか?」
と、2歳レベルの、私のモンゴル語を、局員も理解してくれました。
モンゴルは、郵便の宅配がないので、私ども外国人は、
とても、「不便な国」です。
何とかならないものですかねえ???

モンゴル人は、郵便も、新聞も、「自分とは関係ない」
のです。100年以上昔の、日本ですねえ。

モンゴルは、役所も、固定電話は、ありません。
警察も、郵便局も、「個人の電話」が、連絡手段です。

なんだけ、「時が止まったまま」のような、そんな、錯覚
におちいるのです。

さて、昨日は、アメリカが、イスラエルにある大使館を
エルサレムに移動して、パレスチナ人が、大規模な
抗議デモをしています。
ガザでは、イスラエル軍によって、60人の死者と、2,000人以上の
けが人が出ています。

私は、ボランテイア活動で、ガザにもゆきましたが、まさに、
「青空収容所」でした。この、有刺鉄線内で、人がいくら死んでも、
「ごみのような、扱い」ですね。
先進国の、白人が60人も死んだら、「大事件」ですが、
発展途上国、しかも、国家を持たない人々が、いくら死んでも
「自分のことではない」のです。
ガザは、地中海に面していますが、パレスチナ人は、数百メートル
以上の、沖には出れないのです。
イスラエルが、禁止しています。
まさに、「青空が見える、牢獄」です。
15万人の、砂漠のキャンプ地が、現在は、人口150万人に、
膨れ上がっています。国連などの援助が、生きる全てです。

悲しい現実です。

1972年、私はエジプトで、銀行内で列に並んでいました。
後から来た人が、私の前に割り込むので、いつまでたっても
私の番が来なく、私は、「店長に合わせろ」と叫んだのです。

ちょうど、イスラエルとの間で、エジプトは、「6日戦争」で、
大敗、シナイ半島も失った後でした。

私: エジプト人や、アラブ人には、列に並べない、規則、
    規律がない。このありさまでは、国の規模は、イスラエル
    の10倍でも、生死を分ける戦争には、勝てるわけがない。
    「人間が、動物の群れのようでは、終わりですよ。」

店長: XX OOO  XXX.

人が規律や、規則がなく、大勢が集まっても、「烏合の衆」
です。組織としての、力は発揮できません。

欧米に、植民地化されたのがうなずけます。
反対に、150年前の日本は、一地方の藩(アイマグ=県)
の、長州は、4ヵ国と、薩摩は、英国と、戦争をしたのです。
薩摩は、英国とは、勝負は、「半々」でした。

英国は、「一地方の藩でも、日本は中国や、アフリカとは
違う」と、驚いたのです。

当時、欧米から、100−200年も遅れていた日本は、
人々の、「規律ある国民性」で、植民地化を免れたのです。

当時も、今も、日本には、西欧や、他の国にない、「恩義、
義理、規則、自律、教育」などが、人々に浸透しています。
日本では、タクシーや、バスの中に財布を忘れても、
ほとんど、所有者に戻ります。

日本では、「金銭や、物品を盗んだら、良心が痛む」
のです。その、「良心が、優先される大事なこと」なのです。

外国にいると、「日本の良さ」を、再確認します。


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