がんばれモンゴル

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zoom RSS 規律が必要

<<   作成日時 : 2017/07/22 01:08   >>

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(2017.7.21.)

今日は、「人と規律」についての話です。

今日は、時々、わがやに泊りに来る、娘(10歳)の、
友達(9歳。仮名で、Gさん)で、とてもにぎやかです。

日本語の教室(塾)が、同じだったので、最初は家族
全員で、我が家に食事にきてもらいました。
我が家の周辺は、「ゲル地区」なので、以前、数組
この地区の、家族にきてもらったのです。
その時は、帰るとき、我が家の娘の物を、黙って、
ポケットに入れて、持ち帰りました。

昔、日本に招待して、交流したアジアの子どもたちの
の中に、本国で貧しい環境の子は、日本の受け入れ家庭の
子どもの、おもちゃなど、帰国のバスの乗る直前の、
荷物の検査で、無断で持ち去りの、品物がたくさん
出てきました。

「論より、証拠」です。

ゲル地区の、貧しい家族の、娘の友人は、我が家には、
招待しません。

上記のGさんの父母は、共稼ぎで、父親は、モンゴルでは
高給の、「企業の会計士」です。
「金の困らない生活をしている」ので、我が家に、Gさんがきても、
物や、金銭がなくなる心配が、全くないのです。

万国共通の、「貧すれば、鈍する」です。

モンゴルでは、人と付き合うには、また、
「心を許しあえる」友人は、「金銭に、全く困っていない」と、
限定します。
モンゴルの、ほとんどの、日本人は、厳しい体験者です。

モンゴルでは、学校教育で、「集団活動」を少し、教える
だけです。 全員で、教室の清掃や、給食の担当、
体育と、文化の、「クラブ活動」がないのです。
放課後や、休日の、「課外活動」はありません。


我が家の近くの、#44学校(生徒数:約3,500人)は、教室不足
で、生徒を3組に分け、交代時間は、わずか10分です。
放課後の、クラブ活動は、不可能です。

だから、3か月間の夏休み中は、街の子は、昼頃まで寝て、
地方の子は、家畜などの、冬に備える準備です。
日本のような、「夏休み中の、野球や、バスケット・ボール」
などの、部活は、ありませせん。

モンゴルでは、「自然のままの生活」です。
一日中、家の中で過ごすのです。
多くの人々は、「食べるために生きる」です。

「規律や、倫理を学ぶ」場所は、社会生活の中と、
教育現場では、ありません。

だから、モンゴルでは、他の、発展途上国も同様で、
教育現場で、「集団=組織の活動」は、出来ないのです。

芸術や、スポーツや、地域社会の構築ができる、社会
体制は、豊かな国々の特権ですね。
一番良い例は、中世のイタリアの、ルネッサンスの
芸術活動ですねえ。
豪商が、芸術の天才を育て、今も影響を与えています。

「生活に余裕がある」ことで、「「生きるための食べる」
ができるのです。

モンゴルの、教育現場、家庭生活、社会システム(
地域社会がない)の混乱が、
結果的に、「大人になっても、挨拶ができない。
列に並べない」など、「社会が、むちゃくちゃ」になるのです。

発展途上国に、先進国が、ODAで、援助しても、「実を結ぶに
長期期間必要」なのは、当然です。
作業や、管理の工程表を作れない、実行できないのです。
家庭での作業では、「手抜きが多い」で、自立プログラムは、
外国のNGOや、政府支援も、「お手上げ状態」です。

私が、2002年、パレスチナ(西岸)を、訪問した時、目にしたのは、
日本のODAの無償援助で、提供した「文化センター」は、
使用されず、窓ガラスは全部破損、室内は風で運ばれた
砂山が出来ていました。
日本政府の帳簿では、「パレスチナに対しての、無償援助
の実績」になっているのです。
私どもの税金が、「無駄遣い」でしたねえ。
日本の政府の、関係者の給料が減額されることはないのですから、

ま、「いいかげん」な、仕事ぶりです。
26年前、モンゴルの自由化、民主化の時、日本政府は、
即座に、モンゴル語のタイプライター、(一説では900台)を
贈与しました。
結果は、「モンゴル語は、使わない。それらは、破棄処分」
になりました。モンゴルは、ソビエトの影響で、ロシア文字に、
二つのモンゴル発音を、加えた、「キリル文字」を、
現在も使っています。

ウランバートルの、道路の交差点では、「自分の進行方向
は、緑だから大丈夫、交差点に入る。左右の道路の交通の
邪魔をしても、他人のことは知らない」で。
大混乱です。
ウランバートルの、交通の交差点は、大混雑で、
警笛や、罵声が多く、いや、はや、大変な国です。

警察官が、警笛で交通整理ですが、
これでは、警察官を増やしても、失業対策にはなるが、
無駄ですね。

なぜなら、子どもの時からの、
根本(集団行動)の、訓練が出来ていないからです。

私は、交差点毎に、「うんざり」ですね。
もう、いい加減にしてくれ。

我が家で、仲良く遊ぶ2人。モンゴルでは、子どもだけが
他人の家で宿泊するのは、「親戚の者だけ」です。
親戚外の家に、子どもだけが宿泊することは、モンゴルでは
例外です。

食事&後片付けは、全部、私の役目です。

画像


画像


以下は、集団行動の、
参考のための、YouTubeの紹介です。
モンゴルでは、ありません。
これらの訓練を受けた、若者が社会人になれば、
国も、社会も、「規律ある」になります。

(1)幼稚園
https://www.youtube.com/watch?v=oZtbQfX8zK0&t=314s

(2)小学校
https://www.youtube.com/watch?v=vntwxS9IJp0

(3)中学校
https://www.youtube.com/watch?v=qdHV-p9rI10

(4)高校
https://www.youtube.com/watch?v=88ijbJbDjts

(5)大学
https://www.youtube.com/watch?v=6bxuD5IRjm0

Texas 州立大学、「軍人養成学部(就職は軍隊)」の、マーチングバンドです。
とても、有名で、日本からも、わざわざ、このバンドを見るために、
訪米する人もいます。グランドは、大学の施設です。
飛行場も所有しています。大規模校です。
大学対抗の、アメリカン・フットボール試合の、
ハーフタイム(前半&後半の間の、約15分間)自校の応援です。

https://www.youtube.com/watch?v=KY7l-pPV0uw

普通の大学生の応援です。

https://www.youtube.com/watch?v=GxhWyaD_SUQ

「規律を守る」は、人間が集団で生活するうえで、
絶対必要です。
外国人で、日本で暮らしている人の中には、ゴミ出しを
仕分けせず、「見つかなければよい」と、全てを
一つの袋に入れて、自治会を困らせる例があります。

彼ら、彼女たちは、「違う星」から、きているのです。
モンゴルのゴミ出しは、「すべて、一緒にだす」です。
トイレの紙(大便の始末」も、空き缶も、生ごみも、
段ボールも、ごちゃごちゃです。

私も時々利用する、「モンゴル日本センター」のことです。
ロビーの新聞は、だれでも自由に読むことが出来ます。
モンゴル語4部くらい、日本語2−3部備えています。

日本人は、読書後、同じ場所に戻します。
モンゴル人は、読んだ状態で、テーブルに置く人が
多いのです。
規律が、違うのです。
モンゴル人は、次の人、他人のことを考えません。

モンゴルでは、病院に入院するにも、ワイロが必要です。
医師や、看護師に現金を渡します。
だから、貧乏人は、早く死ぬのです。

教育現場も賄賂

インチョン空港で乗り換えの時、ウランバートル行きの
搭乗口では、列に割り込む客が多いのです。
いきなり、「モンゴルの習慣」です。
うんざりします。

モンゴルでは、
乗り合いバスが、同じバスを猛スピードで追い越します。
また、バス停で、空席が埋まるまで、発車しません。
運転手は、片手で、電話して運転します。
音楽は、車内に放送して、歌いながらです。

ま、モンゴルでは、この、「無秩序=無規律」が、普通のことなのです。

国も、社会も、「ごちゃごちゃ=無秩序=カオス」です。

良いことでも、悪いことでも、
「3歳子の魂、100までも」ですね。
(子どもの時に体験したことは、死ぬまでその人に
存在する)

モンゴルでも、集団行動の訓練が、必要です。
音楽や、スポーツなど、「集団=組織)を通じて達成できます。
座学だけでは、体得は無理です。

モンゴルの教育現場では、貧弱な環境(教科書、不足する
教室、施設、用具など)で、現在は、外国からの
援助に頼っています。

地域社会の規律には、このような例もあります。
1969年夏、私は、パナマ運河ののカリブ海側の港町、
コロンから、小さな木造船に乗って、約400くらい散在する、
「サンブラス諸島」の一つ、人口100人くらいの小さな島での
出来事です。

サンゴ礁に囲まれた、漁業主体の、また、まだ、大きな
丸い石の真ん中に穴をあけた、「お金」が、広場に放置された
、前世紀のままの島でした。
もちろん、車はありませんでした。
私は、バナナボートに同乗していた、アメリカ女性と泳ぎ
ました。 彼女は、ビキニ姿でした。

なんと、なんと、「この島では、ビキニ禁止」と、裁判に
かけられたのです。
裁判官の島の、長老数人に囲まれ、裁判が始まりました。
裁判長は、ヤシの葉の屋根の小屋で、ハンモックに揺られ
ながら、裁判が進行しました。

裁判長が、「わが島の、おきてを尊重すべきだ。」

私どもは、平謝りで、「もっともです。お詫びします。」
無罪釈放の決定でした。

どこの地域社会でも、集団生活には、規律(ルール)があります。
当時、若かった私の、貴重な体験でした。

100人の島は、家族のような、硬いきずなで結ばれていたのです。
「一心同体社会」です。
人間の集団生活には、都市も含め、人が2人以上(または家族)
生活する場合は、一定の決まりを守る規律が必要なのです。

放牧や、狩猟、採取民族と、正反対の社会です。
住居も、家畜も移動する放牧は、アフリカでも存在します。

私は、昔、中央アフリカのピグミー族(採集)、サハラ砂漠のベドウィン族、
東アフリカのマサイ族(放牧&狩猟)を、訪れた経験があります。
エチオピアの放牧の人々も、体験しました。

これらの国々では、
中央政府は、「定住促進」をしていました。
人々が、たえず、移動などしていると、行政の手が届かないのです。
家族が、「自給自足で、お互いに遠距離」だと、文化も
育たないのです。

「自分の家族が一番。他の家族の生死は、関係ない」です。
集団の規律は、不要です。
この人々が、いきなり、都市に移住したら、社会秩序は、「混乱」
です。



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